生活について

Q. 子供の生活のリズムで留意すべき点は何ですか?

A. 大人、子供を問わず規則正しい生活を送ると、心身の健康を保て、気分が良いことをお母さん方はご存じでしょう。
当たり前のことですが、私たちの生活は 日の出 日の入り、昼と夜、季節の移り変わりなどの大自然の営みとその繰り返しの中で進んでおり、一定の法則と不変のリズムの上に成り立っています。

それは丁度、私たちの心臓の鼓動や吸っては吐く呼吸が “一定の法則” と “不変のリズム” に従ってこそ “生命” を維持しうるのと同じ理由で、一日の内の 「眠りと目覚め」 「食事と排泄」 といった大きな意味での身体呼吸も、大自然の理(ことわり)にかなっている時にだけ、人を健康へと導くのです。

人は生まれた瞬間から、自然環境のリズムに呼応し、順応しながら、 「目覚めて、食べて、排泄し、眠る」 日々の生活活動を開始します。
けれども動物に比べると はるかに未成熟な身体器官を持って生まれる人間の子どもは 周囲の大人(主に母親、父親)の愛情深い導きなしには、規則正しい生活なくしては健康な身体器官が形づくられることもあり得ないということを意味しています。

したがって、少なくとも子どもが幼いうちは生活のリズムを意識的に作ってあげなければなりません。
「目覚めること、食事をすること、排泄すること、眠ること」 が身体的な欲求を満たすばかりでなく 心までも幸福に満ちるひとときであるような生活環境を用意してほしいものです。
もし、帰りが遅く、不規則な生活をしているお父さんが、お父さんの都合で子供と接しているのなら、子どもの生活のリズムの中で触れ合う時間を持てるように話し合っていただきたいです。お父さんが不在時でも常に両親の愛情と子どもへの配慮に満ちている家庭であってほしいです。

生活のリズムを具体的に考えてみますと、1才までは1日中 「目覚め、食事、排せつ、眠り」 の繰り返しが続きます。
2才を過ぎるまでに、1日 5回食、午前・午後2回の午睡 のリズムに変わり、3才 また子どもによっては4才位まで 1日 3回食、午前・午後の間食(食事の補いとして考える)、1日1回の午睡のリズムになります。
排泄は区切りめにできるようにうながして下さい。

幼児の生活時間は、6時起床・8時就寝を目標としてください。
子どもを寝かしつける時は お母さんの心がすぐに影響するのではないでしょうか。
よい眠りの準備として、たとえば子どもと一緒にその日の体験を振り返り、その日の嬉しかったことや悲しかったことを説教なしでお話したり、また 昔話や童話を語りきかせたり、静かなメロディーを口ずさんだり、子どもの心に幸福な平穏を与えて下さい。
きっと眠りの扉がしずかに開いて迎え入れてくれるでしょう。


おもちゃについて

Q. 子どもにどのようなおもちゃを与えたら良いのでしょうか?

A. 子どもの感覚器官はまったく開けっ広げで、感覚を通って入ってくる刺激を大人のようにはコントロールできないことはよく知られています。そのために子どもは刺激的なものから身を守ることができません。

音をたてたり、光ったり、カラフルだったり、電池で動いたり、現代の子どもの周りは刺激的な製品で溢れかえっています(その代表格はテレビです)。
刺激を通した玩具と子どもとの結びつきはあくまで一時的なもので、そのような遊具を与えることは次々と新しい刺激を求め続けていくことを子供に教えているようなものでしょう。
現代っ子の、プラスチックの遊具がうずたかく雑然と積まれた部屋を見る度に、あらためてそのことを思い知らされます。

一方、近年、シュタイナー教育への関心が高まるにつれて、さまざまなシュタイナーグッズが出回るようになりました。(ヴァルドルフ人形・ライヤー・木のおもちゃ・絵の具・クレヨンなど)
それらの “物” は たしかにシュタイナー教育に共感する教師や製作者の研鑚を通じて生まれた良い “おもちゃ” 、良い “素材” に違いありません。
しかし、いくらその良い “物” を買いあさり、子どもに与えたところで 良い “教育” をしていると自己満足してはなりません。

“物” が子どもを教育してくれる訳ではないのです。その “物” を選び、子供のまわりに置いて、それと関わりが持てるように働きかけてゆく親や教師がいてはじめて、子どもは良い教育に恵まれるのです。

模倣期にある乳幼児期の子どもは、親や教師の行うことを最良のものとして受け入れ学んでゆきます。
もし、 “物” を選び、与えた大人自身がその良い “おもちゃ” や “素材” の楽しみ方を知らないのならば、子どもはそれらの“物”に関心さえ示さないことでしょう。

せっかくよい遊具を整えてあげたなら、まずお母さん自身がその遊具を使って一緒に遊んであげるのがいちばんでしょう。
お母さん自身が心から楽しめるなら、子どもたちも必ずその遊びのなかにはいってくるはずです。


遊びについて

Q. 子どもの遊びにどのように関わったらよいでしょうか?

A. 1日一度は身体を使う外遊び、心を使う内遊びに付き合いましょう。

人間の健康は心拍と呼吸の正常な働きによって支えられています。
そして、そのいずれもが、 “解放(弛緩)” と “集中(緊張)” の2つの規則正しいリズムから成り立っています。
1日の規則正しい生活リズムが 子どもの健康な肉体形成に不可欠な条件であることの理由もそこにありますが、遊びの中にも是非 “解放” と “集中” ( “動” と “静” ともいえる) の2原則を取り入れてみてください。

「外遊び」 というと遊具を持って公園での砂遊びに限定されがちですが、何も持たないで、ただ緑と土を求めて ふらっと散歩に出かけるのも良いことです。
通ったことのない道を歩いて新しいお店や路地裏の草花をみつけることも親子にとって良い気晴らしとなりますし、草を摘むにも土いじりをするにも道具がなければ素手を使うことになり、その分だけ手足の感覚を働かせることにもつながることでしょう。
たとえ緑と土にたどりつかなくとも、歩く機会の少なくなった現代の子どもたち (いや大人たちにとっても) 歩くだけでも良い運動となりますし、とかくストレスの多い親子関係をほぐしてくれます。
ただし、帽子、着替え、おやつ、水筒をお忘れなく。

子どもがおうちの中で一人遊びをする時間 (内遊び) は、心を養う最も大切なひとときです。
一人静かに遊びこんでいる時は邪魔をしないように。

子どもが友達を求める年齢に達する頃になると、友達と遊ぶ練習台として ままごと遊びの相手役に必ずお母さんを求めるようになります。
ひとしきり付き合ってやると子どもは満足して また一人遊びに戻ってゆくものですが、満足できない時には 子どもにもできる家事の手伝いをあてがってやるのも1つの手です。
けれども、手伝いといっても あくまで子どもにとっては遊びの範疇にあることを忘れずに、結果を求めすぎないように。
子どもにとって必要なことは、自分と相手との要求のやりとりを練習することにあるのですから。

外遊びが好きでなかなか落ち着いて家にいられない子どもは、1日中戸外で遊んだ日の夜は興奮が収まらず、体は疲れているのになかなか寝つくことができず、ぐずったり 駄々をこねたりしがちです。
そんな時には、無理矢理寝かしつけるよりも子守唄を歌ったり、短い素話を語りきかせると だんだん気持が鎮まって自然に眠りに導くことができます。
寝る前のひととき 子守唄や素話を聞かせることを習慣化すると、子どもはそれを楽しみにするようになり、自分から布団におもむいて心を鎮めようとつとめるようになるはずです。
母子の良い形でのスキンシップも生まれ、子どもが安心して眠りにつくための最良の方法と思います。


子どもと大人の違いについて

Q. 子どもと大人では感覚器官の感じ方が違うそうですが、どのような事に気を付けたら良いでしょうか?

A. 大人にとっては快い 「音」 「色」 「匂い」 が子どもにとっては不快かつ有害な刺激であることが多いのです。
子どもは感覚器官のかたまりであると言ってよい程、聴覚・視覚・嗅覚などの感度が極めて高いので、テレビやCD、テレビゲームなどによる高周波の電子音、またコマ送りの早い画像、強い色彩などは、子どもたちの未発達な感覚器官を過剰に刺激し、傷つけてしまうことがあります。
ポケモンを見て具合の悪くなった子どもたちのことが取り上げられたのも その一例です。

お母さんが毎日つけて当たり前になっている化粧品類の匂いも子どもにとっては “異臭” と同じくらい、不快に感じられているはずです。

人間の歴史のまだ入り口に立っている子どもたちは、原始の人々と同じく、 “文明の利器” にはそぐわない ということを頭に入れておいてください。
すると、なぜシュタイナー教育では 幼児期の子どもにテレビを見せないようにするのか? なぜ遊具に自然の素材を使うのか? おのずと理解できることでしょう。


テレビについて

Q. 幼少期の子どもにおけるテレビの影響について教えてください。

A. テレビが幼少期の子どもたちに与える弊害は大きく二つあります。

まず、テレビから発声される音は機械音であるということ。
機械音ではない自然界の音−例えば人間の声は、声帯を震わせることによって発音されますが、そこには人間の魂的な力と宇宙の諸力とが働いています。
子どもがお母さんの声を聞く時、魂的なものと宇宙の諸力が同時に注ぎ込まれています。
そのことによって、子どもは言葉を覚えるのです。語りかけられることなしに、子どもは言葉を獲得することはできません。
人間は自然の一部であり、自然界からその生命をもらって成長する存在です。
食べることしかり、動くことしかり、話すことしかり。
つまり自然界の音は、人の声に限らず 「生命を吹き込む音」 として子どもに作用します。

それに対し、機械音というのは生命を失った音です。
電子的な音が人間の神経に触れると、神経の働きや血液の流れに影響を及ぼし、人間を疲れさせます。
つまり機械音は、自然音とは全く正反対の作用−人間に対して 「生命を傷つけて弱める (死を与える) 音」 として働くわけです。
魂の入った音と、物質的な音にはそのくらいの違いがあります。

0〜3歳は全ての基礎となる肉体を形成する時期です。
なかでも感覚器官を形成する0〜3歳の子どもたちに機械音の与える影響は大きいのです。

そしてもうひとつの弊害は、ファンタジーの妨げになるということ。
まだ思考する力を持たない子どもたちにとってファンタジーは 「私」 を認識する力です。
子どもたちが、ファンタジーを通して世界に問いかけ、答えをみつけていくのです。
先生の素話に夢中になる時、子どもたちは空想の中でそれぞれが全く違う世界を描いていきます。
そして、それぞれが自分の答えをみつけているのです。

ところが、テレビから与えられるものは問いと答えのないものばかりです。
むこうから決められた同じ形が一方的に投げかけられてくるのです。
そこには子どもたちの想像力が入り込む余地はありません。
子どもたちが自分の中で膨らませ、変化させ発展させていくものが全くないのです。

テレビは子どもにとって 「百害あって一利なし」 といえます。
どんなに妥協したとしても、幼児期の子どもにテレビを見せるのは一週間に30分が限度だと思います。